危ない、汚い、ダメが子供の自由度を奪うというはなし

思ったこと
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先日、農大で木育の話を聞いたときに気を付けようと思ったことがあったので書き留めとこうと思います。

木育とは

木育って?と思われると思うのでwikiから引用させていただきまっす。

木育は、食育と違い、新しい言葉、概念であり、「平成16年度協働型政策検討システム推進事業報告書」(北海道)で初めて示された。この報告書では、「木を子どもの頃から身近に使っていくことを通じて、人と、森や木との関わりを主体的に考えられる豊かな心を育てたいという想いを「木育(もくいく)」という言葉にこめた」記され、「子どもをはじめとするすべての人びとが、木とふれあい、木に学び、木と生きる」こと学ぶ活動を木育とした。
wikiから引用

自然で森と触れ合って木と触れ合って育っていくということが木育です。
自分たちが小さかった頃は山に秘密基地作ったりして遊んだな~、木で階段つくったり、穴掘ったり。
島根っていう日本の中でもトップクラスの田舎なので遊べるフィールドは近所にいっぱいあったんですよw
自然に「木育」を自分でしてたんですね。

今の子たちはどうだろう?

今は、島根のような田舎でも外で遊ぶ子はあまり見ません。
いたとしても、集まってNintendoDSしたりしてます。
学校からも危ないところにはいかないという通達が出てるんで、秘密基地ごっこはないかなぁ・・・。
わが家はゲーム機がないので強制的にそれ以外で遊ぶようになってますw

僕は外で遊ばないってわけじゃなくて遊べない状況になってる気がしてます。
なぜか?

①森とかで気を使って遊んでてケガする。
②いかれたモンスターペアレンツが「学校でそういうとこに入るのを禁止してないからだー!」って保護者に怒られる。
③そういうのに対応していく手が足りないし、めんどくさいから禁止にしちゃう。
④結果木とか森とかで遊べなくなる

「ケガとかないからいいじゃん!」と確かに思う。
けども、何がリスクで危ないのかを自分で判断する機会を奪ってしまう気がするんですよね。

危ない、汚い、ダメが子供の自由度を奪うという話

そうなると危ないことなどを排除して保護された中で遊ぶしかなくなるんですよね。
ケガとかないし、見えるとこにいるからすぐわかる。
親的にはめちゃ楽です!!

けど「危ない、汚い、ダメ」を排除すると自由度と自主性はのびないですね・・・。。
自分も反省。
子どものためを思って排除してるけど、長い目で見たら自主性を育てないとその子のためにならんなとお持ってます。
もちろん死に直結することは止めないといけないです。
けど、それ以外は自分で判断させて自分で決定させることは彼らにとって大事な生き抜くスキルになると思います。
だからあったかく見守ろう。そうしよう。

おわりに

子どもの行動は何をするかわからないのでハラハラするんですけど、とっても危ない以外はは見守ろうと思います。
僕は結構過保護に口を出してしまうようなので。
その場での親の都合で行動を狭めず子ともたちに判断させて決めてもらおうと思います。
裏山でもすこしずつ整備して使えるようにしますかね。

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